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神戸家庭裁判所 昭和44年(家)1210号 審判 1970年1月17日

本籍 神戸市 住所 神戸市

申立人 川島トシコ(仮名)

国籍 中華民国 住所 神戸市

相手方 荘長居(仮名)

本籍 神戸市 住所 神戸市

未成年者 山本武雄(仮名) 昭三二・九・四生

主文

本件申立を却下する。

理由

第一申立の趣旨ならびに実情

申立人は「相手方は申立人に対し未成年者を引渡せ。」との審判を求め、申立の実情として、申立人と相手方とはもと内縁の夫婦であつたが、昭和四一年八月二四日調停により内縁関係を解消し、両者間の子である未成年者の監護者を相手方と定めた。以来未成年者は相手方のもとで監護養育されているが、最近未成年者は情緒不安定で、学校の成績も低下しているので、このまま相手方のもとで監護養育されるのは適当でないと考えられるところ、申立人は前記内縁関係解消の頃は、経済的に不安であつたが、現在は一応経済的に安定をみ、時間的、精神的にも余裕ができたので事件本人を引取つて監護したく本件申立におよんだ、と述べた。

第二事件の経緯

本件記録ならびに関連の下記二事件の各記録によると、本件に関する当時者間の紛争の経緯は次のとおりである。すなわち、申立人は昭和四一年六月四日当庁に相手方との内縁関係解消を求める調停を申立て〔昭和四一年(家イ)第四八一号事件〕、当事者間に昭和四一年八月二四日内縁関係を解消し、当事者間の子由美子と本件未成年者はいずれも相手方において監護養育する、旨の調停が成立した。ところが、申立人は昭和四四年六月一八日相手方に対し、本件未成年者の引渡を求める調停を申立てたので〔昭和四四年(家イ)第五六六号事件〕、当庁調停委員会は二回にわたり調停を試みたが、昭和四四年七月二五日当事者間に合意の成立する見込みなしとして調停手続を終結したので、本件審判手続に移行したものである(申立人は申立の趣旨として、未成年者の引渡を求めているが、前記申立の実情ならびに紛争の経緯を総合すると、その真意は監護者の変更と、これに付随して未成年者の引渡を求めるものであると解される)。

第三当裁判所の判断

一  申立人および相手方の各本人審問の結果、当庁調査官中村富男作成の調査報告書その他本件記録添付の一切の資料ならびに前記各関連事件の記録中の一切の資料を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  申立人は日本国籍を有する日本人女であり、相手方は中華民国の国籍を有する中華民国人男であるが、両名は昭和二六年一一月二〇日頃から神戸市において、夫婦として同棲生活を始めた。二人の間には由美子、未成年者(昭和三二年九月四日生、同年同月二〇日相手方の認知)の二人の子もできたが、相手方が昭和四〇年五・六月頃中華料理店を営むようになつてから、申立人も商売を手伝うため、店の客と接する機会が多く、相手方は、しばしばこれに嫉妬して、二人の間に抗争が生ずるようになつた。特に申立人が店の特定の客である現在の夫と親しい間柄になつてからは、激昂した相手方が暴力を振うこともあつて、夫婦の間は癒し難いまでに破綻し、前記申立人の夫から、子供を引取るから申立人と結婚させて欲しい旨の申出もあつたが、事態は収拾をみなかつたので、昭和四一年五月三〇日申立人は相手方に秘して単身家を出た。その後間もない昭和四一年六月四日申立人は当庁に相手方との内縁関係解消の調停を申立てたところ、相手方は、子らのためにも相手方のもとに帰つてくれるよう翻意を求めたが、申立人にその意思はなく、結局当事者間の内縁関係を解消する合意に達したが、前記二人の子については、相手方が絶対に手離さないとの強い意向であつたのと、申立人自身相手方との内縁関係解消に急であつたことや、経済的にも不安定であつたことなどから、子の引取については必ずしも積極的でなかつたため、前記のとおり二人の子は相手方が監護養育する旨の調停が成立した。

(二)  以来未成年者は母と別れて、姉由美子と父のもとで監護養育されている。自宅の周囲は飲食店等が多い地域であり、相手方自身も自宅で飲食店を営んでいて、経済的には普通であるが、店の商売に多忙なため、子供との接触は十分とはいえず、かつ監護はやや放任的である。しかし、一方未成年者らの学校の父兄会には出席をし、また店の営業も、子供達のために夜九時には閉店しているなど相手方なりに子供中心の生活をしており、未成年者との折合いもよい。

(三)  一方、申立人は前記内縁関係解消の直後である昭和四一年八月二七日川島修(昭和九年一月二六日生)と再婚した。川島はタクシーの運転手であり、申立人自身も健康な時には働いて収入があるので、中程度の生活をしているが、前記川島との間に子はなく、夫との二人暮しである。子供を置いて相手方のもとを去つてからも、未成年者の生活振りには関心を持ち、時々は相手方に内密に未成年者を自宅に呼んで、夫と共に会つたり学校を訪れて担任教師に面接したりしていたが、未成年者が六年生に進級した昭和四四年頃から同人の成績が低下し、学習態度にも問題があることを憂慮し、本件申立をするに至つた。

(四)  尚未成年者は現在も母親不在を淋しく思うことがあり、申立人やその夫から親切にされることを快く思つてはいるが、相手方のもとを去つて申立人と生活を共にすることを敢えて望むという程でもない。現状の生活に特に不満はないが、両親が未成年者のことで争つているのは嫌だと思つており、近頃勉強に身が入らない。また姉由美子との姉弟仲も良いところ、由美子は申立人のもとに引取られることを望まず、本件係属を知つて弟である未成年者と別れる事態を慮り、今春の高校受験を前に、少なからず動揺していることが伺われる。

二  法律上の判断

(一)  裁判権ならびに準拠法について

前記認定事実のとおり、申立人は日本国民であり、申立人、相手方および未成年者がいずれも日本に住所を有するから、本件についてわが国裁判所が裁判権(審判権)をもつことは明らかである。準拠法については、本件申立が監護者の変更とこれに付随する子の引渡申立であるから、法例二〇条にいう親子間の法律関係にあたり、この関係は前同条により父の本国法に依るから、結局本件は父たる相手方の本国法すなわち中華民国民法に依るべきである。

(二)  法令の適用

中華民国民法一〇五一条によれば協議離婚後の子の監護は約定により、別段の約定のないときは夫がこれに当るが、裁判離婚の時は、この他子の利益のため、裁判所は監護人を選定することができる(前同法一〇五五条)。

本件未成年者は、内縁関係の父母の間に生れたものであるが中華民国民法上婚姻によらない子であつても、生夫が認知したものは婚姻による子(前同法上婚生の子)と看做されて(前同法一〇六五条)、親子関係上差別されないから、本件の場合内縁関係解消後の未成年者の監護については、離婚の場合に準じて考えて差支えないものと解する(尚前同法一〇五一条、一〇五五条に規定する監護が、日本民法上の監護に当るのか、あるいは親権またはこれに近いものであるのかは判然としないが中華民国法上親子間の法律関係を包括的に規定している前同法一〇八九条との文言上の対比から、また他により具体的な監護に関する規定がないことからすると、前同条に定める監護は日本民法上の監護と全く同じではないにしても、少くとも日本民法上の監護の概念を包含するものと解され、日本民法上の監護は結局前記各条によることになると解する。)。

ところで、叙上の一〇五一条、一〇五五条によれば、中華民国民法上監護者の変更を認める旨の明示はないが、一〇五五条によれば、裁判離婚の場合、裁判所は約定の有無に拘わらず子の利益のため、監護人を選定することができるのであるから、調停において監護者の約定をしても、これを終局的なものと解さねばならないものではない。裁判所は子の利益のため監護者の変更をすることができると解すべきである。

そこで申立人の本件申立が理由があるか否かを考えるに、前記認定の事実によれば、相手方において未成年者の監護者として特に不都合な事情があるとは認められず、他方申立人のもとで監護養育を受けることが未成年者の福祉に資するとの顕著な事情も見出し難い。確かに未成年者の学習態度や成績につき申立人の主張するような現象も認められるが、その原因がすべて相手方の監護の不適にあるということはいえず、かえつて周囲が未成年者の行状等を懸念するあまり、未成年者に不安を与えていることも原因として無視できないと考えられる。 年齢的にも未成年者は、母親の愛情もさることながら、同胞としての父親との人間関係を形成すべき時期に入りつつあるといえるし、姉との共同生活を引き裂くことも忍びないので、今監護者を変更して申立人に子の引渡を命ずることは相当でない。

よつて、申立人の本件申立は結局理由がないというべきであるから却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 岸本洋子)

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